【MUSICAL『once upon a time in海雲台』開幕!】

演劇ニュース
舞台写真 ©岩田えり

あの日、もし違う選択をしていたら……。もう少し勇気を出していたら……。青春時代の初恋と、あったかもしれない未来を、懐かしさとほろ苦さの中に描いていくミュージカル『once upon a time in海雲台』が1月10日に東京・浅草九劇で開幕した。演出は渡邉さつき、出演は山田元、MARIA-E、中村翼、入絵加奈子。

 

物語の舞台は今よりちょっと昔、1992年。東海で日の出の写真を撮ろうと清涼里駅を出発したラ・チョンは、電車に乗り間違え、まったく方向違いの釜山・海雲台へ行ってしまう。戻るにも終電はすでに出ており、電車でチョンと親しくなった女の子、ユン・ヨンドクは始発まで彼に付き合ってあげることに。次第に距離を縮めていく二人だったが、そんな彼らを遠巻きに見ているおばあちゃんと青年がいた。実は彼らは2050年の未来人で、おばあちゃんはこの時間を守る“タイムトレイン旅行ガイド”。青年はタイムトレインの旅行者だが、どうやら何か目的があるようで……。SF的設定と、ちょっぴりレトロな世界観が融合し、誰にでもある「戻りたいあの日」の記憶を揺り起こしていく。

 

キャストはわずか4名ながら、見ごたえ充分。ラ・チョンを演じる山田は若さゆえの真っ直ぐさ、熱さを全面に出し爽やか。対するヨンドクは大人っぽい少女で、溌溂とした少女を演じることの多いMARIA-Eとしては珍しい役どころになったが、自分の夢や将来に悩む少女の繊細さをてらいなく表現していて魅力的だ。この二人が等身大の恋模様を描き出すところに、ファンタジー視点と波乱を持ち込んでくるのが中村演じる青年ビン。思いのままに突っ走り入絵扮するガイドをも振り回すが、そのピュアさが伝わってきて憎めない愛らしさ。そして入絵はコミカルに客席を沸かせながら、決して“お笑い要員”にならない存在感が絶妙だ。彼女の歌声が物語の深みを体現したと言っても過言ではない。

 

作・音楽は、『SMOKE』『BLUE RAIN』『ルードヴィヒ』などで知られる韓国のヒットメイカー、チュ・ジョンファ(脚本)とホ・スヒョン(作曲)のコンビ。歴史上の偉人を題材にとることが多い彼らだが、今作はとても身近で日常的な情景を描いていて新鮮だ。音楽も90年代ポップスを想起させるような軽やかなナンバーが印象的。ゴールデンコンビの、いつもとはひと味違う魅力が堪能できる。

 

過ぎ去った日を振り返り、想像する“あり得たかもしれない未来”は美しく、少し苦しい。しかし胸に残るのは悔恨の思いではない。思い出は切なさとともに心の小箱に大切にしまい、皆、それぞれの人生を生きる。ロマンチックな初恋を甘酸っぱく描きながら、どんな選択をも肯定しているかのような前向きなメッセージも伝わってくる、珠玉のミュージカルだ。公演は1月16日(月)まで同劇場にて。チケットは発売中。(取材・文:平野祥恵)

error: Content is protected !!